成道会2009
- 仏教のこと
- 2009年12月 8日 21:13
さてさて12月8日は、お釈迦さまがおさとりになった日(成道会-じょうどうえ)として、私たちはたいせつにしております。
さとりとは何か!? という質問への答えは、いろいろな言い方ができると同時に、軽々しく言葉で言うのは許されない、、ものです。
それはなぜかというと、「さとるきっかけ」が人によってさまざまであること。
ある高僧がある言葉を聞いてさとったとしても、おなじ言葉を聞いてみんながさとるわけではありません。
また、「さとり」は一時の発見にとどまらず、一生をかけて「さとり続ける」ものであります。
一生はくり返しのできごとに見えて、じつは一度しかない場面が次々と現れています。
では、もしさとったら、私たちはどうなるのでしょうか?? これならいくつも答えが出てきそうです。
えー、まず、さとったらトシを取りません、、、スミマセン、嘘です。
えー、そして、さとったら病気にかかりません、、、スミマセン、嘘です。
えー、さらに、さとったら死にません、、、スミマセン、全部嘘です。
さとってもトシはとりますし、いつか、その命を終えます。
さとっていなくてもトシはとりますし、いつか、その命を終えます。
じゃあ、その差はどこに出てくるのか。
それは、たとえばトシを感じたとき、いよいよ自分の命の終わりを覚悟したとき、私たちの生きる態度にあらわれるのかも知れません。
しかしそのためには、ささいな繰り返しである、日常をたいせつに送らなければなりません。
なぜなら、さとりとは毎日毎日、さとり続けなければならないものだからです。
なぜなら、そうでないと、いざというときに悔いばかりが残る人生になってしまうからです。

成道会の今朝、空には半月でした。
できれば心安らぎ、ほんとうの意味で満ち足りた人生を送れますように。。