禅 ZEN

日本曹洞宗の宗祖、道元禅師を主人公にした映画「禅 ZEN」を見てきました!
見る人を選んじゃうけど、いい作品でした。
道元禅師役 中村勘太郎
うーん、所作のキメのいちいちがびしびしっとなってていいなあ。
セリフも一部歌舞伎っぽいし。
おりん役 内田有紀
ますます乗ってきてますねー。綺麗ですね、あらためて見ると(笑)
最後の尼僧さん姿も妙に似合ってます。
北条時頼役 藤原竜也
こういうキレ加減の役が、最近はハマりですね。
惜しむらくは、もうちょっと長く出ていて欲しかったなあ。
いくつかのブログで感想を見ておりましたので、ほめている部分や突っ込んでいる部分が頭に入っていたわけで。そんな目で見ますと、たしかにその通りだなぁ、、という感想です(笑)
どちらかというと禅師の後半生に注目したストーリーですね。中国(宋)からお帰りになった禅師は、「私が体得したのは、お釈迦さまより伝わった正しい仏法だ」という信念のもと活動をされるわけですが、周りからは嫉妬や反感も買い、最終的には京都を追われ越前(福井)に至る経験もされています。
そんな歴史的背景の中、禅師や弟子たちが出会った2人の人物との絡みが、映画の主軸になっています。
1人目はおりんという遊女。これは史実はもちろん、原作にもない架空のキャラです。
彼女は瀕死のわが子を連れて禅師に助けを求めますが、「今まで身内をひとりも亡くしたことのない家から豆をもらってくれば助かる」と言われて走り回ります。
ハイ、これはお釈迦さまと鬼子母神とのエピソードですね。身内を亡くしたことのない家などないわけで、これで彼女が子どもの死を受け入れるきっかけとなる、、というわけです。
2人目は幕府執権北条時頼。弱冠二十歳にして、当時の最高権力者です。
今まで葬ってきた敵の怨霊に悩む時頼は、その救いを禅師から得ようとします。
禅師は、時頼の苦悩は自分の撒いた種と喝破し、執権を降りるよう忠告します。拒否する時頼に、禅師はさらに「あなたは救われたいと願いながら、なにひとつ捨てる勇気がない」とまで言い放ちます。
「教科書的」という批判を目にしますが、まあ、これは題材からしてしょうがないですよね。禅の専門用語も躊躇なくどんどん出てきますし、ナレーションによる背景の説明もなく、基礎知識のない人にはさっぱりわからないだろうなぁ、、とは思いますが、それもむしろ潔さとしても受け止められます。
堂内の映像は美しいです。あ、でも、ちまたでけっこう言われてるように、たしかにCGはうるさい感じでした(笑)
さてさて、わたくし思うにこの映画の価値は、「心のやすらぎや豊かさは、かんたんに手に入るものではないのだ」ということと、「しかし、苦悩の中にこそ、やすらぎや豊かさへ至る道のヒントがあるのだ」ということを伝えようとしているところにある、、と思います。
それは、社会の底辺に生きるおりんにも、社会の頂点に立つ時頼にもおなじ気持ちを起こさせるものであったわけです。
以上、禅師の降誕会にちなみ記事にしてみました。こういう映画が制作され、意外にも興行成績がいいらしいと聞くと、やっぱりうれしいものです。